金沢地方裁判所 平成11年(行ウ)8号 判決 2000年3月30日
原告
千田都
右訴訟代理人弁護士
玉田勇作
被告
金沢税務署長 小川洋巧
右指定代理人
渡邊元尋
同
小野寺宗善
同
大脇啓吾
同
池内牧子
同
山岸誠次
同
生水口優一
同
若杉伸一
同
升田佐吉
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が亡千田長太郎(平成一一年一月一六日死亡)の平成八年分の所得税につき、平成九年一二月一九日付でした過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1(一) 亡千田長太郎(以下「長太郎」という。)は、自己が所有する不動産を別紙目録記載のとおり処分した(以下「本件譲渡」という。)。
(二) したがって、長太郎は、本件譲渡に係る譲渡所得につき平成八年分の所得税の確定申告をすべきであった。
(三) しかるに、長太郎は右確定申告を忘却し、これをしなかった。
2(一) 被告は、平成九年一二月一九日、長太郎から同年一一月二七日に修正申告書が提出されたとして、同人に対し、過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という)をなした。
(二) しかし、長太郎は、修正申告はもちろん、当初の確定申告すらしていないのであるから、本件処分は、根拠がなく取り消されるべきである。
3 長太郎は、平成一〇年二月一九日、本件処分を不服として金沢税務署長に異論申立てをなしたが、同年五月一九日右申立ては棄却された。
長太郎は、平成一〇年六月一七日、右異議申立棄却決定を不服として、金沢国税不服審判所長に審査請求をなしたが、平成一一年六月二二日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。
4 長太郎は平成一一年一月一六日死亡し、その相続人のうち妻千田よし子、長女吉村ひろ子は、平成一一年四月七日金沢家庭裁判所に相続放棄の申述をして受理され、同じく相続人である原告は、同年九月七日同家庭裁判所に限定承認の申述をし、受理された。
5 よって、原告は、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の(一)、(二)は認めるが、同(三)は否認する。
2 同2の(一)は認めるが、同(二)の事実は否認し、主張は争う。
3 同3は認める。
4 同4中、長太郎が死亡したことは認めるが、その余は知らない。
三 被告の抗弁
1 本件に係る課税処分の経緯は別表記載のとおりであるところ、次の2、3に述べるとおり、本件確定申告及び本件修正申告は有効であり、本件修正申告に基づいて行われた本件処分は適法である。
2 長太郎の平成八年分の所得税確定申告の経緯とその有効性について
(一) 長太郎は、亡長男の妻である千田操(以下「操」という。)に対し、平成八年分の所得税確定申告手続をするよう話をした。
(二) 操は、税理士の山岸徹(以下「山岸」という。)に対し、長太郎の平成八年分の所得税確定申告書を作成することを依頼し、山岸が作成し長太郎名義の記名をした確定申告書(分離課税用。以下、この確定申告書を「本件確定申告書」といい、これによる申告を「本件確定申告」という。)に、操自身が、「千田」と刻した印章を押捺した。
(三) 平成九年三月一七日、本件確定申告書が、保証債務の履行のための資産の譲渡に関する明細書を添付の上、山岸を通じて被告に提出された。
(四) よって、長太郎は、操に本件確定申告手続を代理させ、長太郎から委任を受けた操が、山岸税理士を通じて本件確定申告書の提出を行ったものであり、本件確定申告は長太郎の意思に基づく有効なものである。
3 長太郎の平成八年分の所得税修正申告の経緯とその有効性について
(一) 被告の係官黒氏宇吉(以下「黒氏」という。)は、平成九年一〇月一日、本件確定申告の実施調査のため長太郎宅に臨場したところ、操から、本件譲渡の経緯等について、「長太郎から私がすべて任されており、私がすべて知っている。長太郎は高齢で病気がちであるので長太郎に会わないでほしい。」旨依頼された。しかし、黒氏は、長太郎の所得税の調査であるから、長太郎に会わなければならないということを操に説明し、長太郎に面接の上、同人の平成八年分の所得税の調査のため臨場したことを伝えた。
(二) 長太郎は、黒氏及び遅れて到着した山岸に向かって、「よろしくお願いします。」と述べて、自室に引き下がった。
(三) その後、操から本件譲渡の内容はすべて自分が知っており、長太郎をあまり刺激したくないから、自分が説明するとの申し出があったので、黒氏は操から本件譲渡の内容を聴取した。
(四) その結果、黒氏は、長太郎が分離長期譲渡所得金額を〇円として申告した理由は、同人が孫の亡千田由美の債務を保証人として弁済したことによるもので、当該債務は所得税法六四条二項に該当すると判断したことによるものであることを把握した。
黒氏は、同日以後調査した結果、本件譲渡については、長太郎が右保証債務を弁済するためにしたとする客観的事実が認められないことから、所得税法六四条二項を適用することはできないと判断した。
(五) 黒氏は、平成九年一〇月一三日、山岸に対し、長太郎の本件確定申告中の分離長期譲渡所得に対して所得税法六四条二項は適用できない旨、及び、長太郎に平成八年分所得税の修正申告書を提出するよう連絡してほしい旨を依額した。
(六) 平成九年一一月二七日、操と山岸の両名が金沢税務署に来署し、黒氏と面談した上、山岸がその場で長太郎名義の平成八年分所得税修正申告書を作成し、操が申告者の氏名欄右脇に「千田」と刻した印章を押捺し、その修正申告書を被告に提出した(以下、右修正申告書を「本件修正申告書」といい、これによる修正申告を「本件修正申告」という。)。
(七) よって、操は本件修正申告書の提出についても長太郎を代理していたとみるのが相当であり、本件修正申告は有効なものである。
四 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁主張はいずれも争う。
2 長太郎は、本件確定申告及び本件修正申告を操に委任したり、操のなした行為を追認したりしたことは一切ない。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1の(一)、(二)、同2の(一)及び同3の各事実並びに同4中長太郎が死亡した事実は当事者間に争いがなく、甲第三、第四号証の各1ないし3、第五号証の1、2、第六号証によれば、請求原因4のその余の事実が認められる。
二 そこで、本件確定申告及び本件修正申告が長太郎の意思に基づく有効なものであるか否かについて検討する。
1 甲第八号証、乙第二、第五ないし第八号証、証人千田操の証言によれば、次の(一)ないし(八)の各事実が認められる。
(一) 長太郎は、平成八年、孫の千田由美の債務を弁済するため、その所有する不動産を処分することとし、これを長男亡千田一雄の妻操に任せた。その際、長太郎は、申告手続をして税金がかからないようにしなければいけない旨話し、また、処分代金は由美の債務の弁済にのみ使い、生活費等には使わないよう指示した。操はこれに基づき、別紙目録記載のとおり長太郎所有の不動産を処分した(本件譲渡)が、その後、右処分に係る税金の申告等につき長太郎と操が話したことはなかった。
(二) 操は、本件譲渡直前の平成八年四月ころ、山岸の事務所を訪れて、本件譲渡に関する税金関係について相談し、山岸から、確定申告が必要であること等の説明を受けた。その後、操は、本件譲渡後の平成九年一月ころ、長太郎の委任状を用意することなく、山岸の事務所を訪れ、山岸に対し本件確定申告書の作成を依頼した。
(三) 山岸は、パソコンで本件確定申告書を作成し、申告者氏名欄に長太郎名義の記名をし、作成税理士欄に記名押印して、平成九年三月ころその作成を完了し、操にその旨通知した。右通知を受けて、操は、そのころ山岸の事務所を訪れ、本件確定申告書の申告者氏名欄右脇に、「千田」と刻した印章を押捺した。
(四) 山岸は、平成九年三月一七日、本件確定申告書を被告に提出した。
(五) 平成九年一〇月一日、黒氏は、本件確定申告の実地調査のため、本件譲渡の経緯等について調査すべく、長太郎宅を訪問した。玄関で応対に出た操は、黒氏に対し、「本件譲渡については自分がすべて任され、知っており、自分から事情を話すので、長太郎には黙っていてほしい。」旨依頼した。長太郎宅に入った黒氏は、長太郎と初対面の挨拶を交わした。その後、操が場所を変えて聴取してほしいと希望したのを受けて、黒氏は、操及び遅れて長太郎宅に到着した山岸を同道して、金沢税務署に戻り、同所で操から本件譲渡の内容、経緯等の詳細を聴取し、調査した。
(六) 操から聴取したところ、本件確定申告において分離長期譲渡所得金額を〇円として申告したのは、長太郎が孫の亡千田由美の債務を保証人として弁済したとの事件関係を前提に、所得税法六四条二項に該当すると考えて申告したことによるものであることが判明した。
黒氏は、その後調査した結果、長太郎が右保証債務を弁済するために本件譲渡をしたとする事実関係は認められず、所得税法六四条二項を適用することはできないと判断した。
(七) 黒氏は、平成九年一〇月一三日、山岸に対し、本件確定申告中の分離長期譲渡所得に対して所得税法六四条二項は適用できないことを告げ、長太郎に平成八年分所得税の修正申告書を提出するよう連絡してほしい旨伝え、その後も何度か、修正申告書を提出するよう連絡してほしい旨電話した。
(八) 同年一一月二七日、操と山岸が金沢税務署に黒氏を訪れ、黒氏と面談しつつ、山岸が、その場で修正申告書用紙に必要事項を記載し、申告者の氏名欄に長太郎名義の記名をした上、作成税理士欄に記名押印し、次いで、操が持参していた「千田」と刻した印章(本件確定申告書に押捺したのと同一の印章)を、右修正申告書の申告者氏名欄の右脇に押捺して、本件修正申告書を完成し、これを被告に提出した。
2 本件の場合、長太郎名義の本件確定申告書及び本件修正申告書は、操及び同人から依頼を受けた山岸によって作成、提出されたことが明らかであるところ、右1に認定した事実経過では、長太郎が操や山岸に対して本件確定申告をすることを具体的に依頼したとか、本件確定申告をすることを含めて一切の事務・行為を包括的に任せたとか認めるのは困難であるし、本件修正申告に関して何らかの依頼をしたものと認めることもできない。そして、他に、これらの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって、長太郎が操に対し本件確定申告あるいは本件修正申告の代理権を授与したものと認めることはできない。
もっとも、平成九年一〇月一日、長太郎宅において、長太郎が黒氏と挨拶を交わしたことは前記のとおりであるところ、乙第二号証には、同日、黒氏は長太郎に対し身分証明書を呈示し、本件確定申告の内容を確認するため臨場したことを伝えた旨の記載があるが、右記載を裏付けうる証拠もない以上、右記載を直ちに信用することはできず、他に被告主張の右事実を認めるに足る証拠はない。そして、他に、長太郎が、本件確定申告に関する調査を行うという黒氏の目的を認識していたとか、本件確定申告ないし右調査に関して操に依頼している旨の言動を示したとの事実を認めるに足りる証拠はなく、したがって、右の挨拶を交わした事実では、長太郎が操に本件確定申告ないし本件修正申告の代理権を授与したことを推認することはできない。
三 してみれば、長太郎が操に対し本件確定申告あるいは本件修正申告の代理権を与えたと認めることはできず、被告は、長太郎の申告意思ないし操への代理権授与の意思を十分に確認しないまま漫然と本件確定申告書及び本件修正申告書の提出を受け、これに基づいて本件処分を行ったものといわなければならない。
四 しかして、右に認定判示してきたところに、原告の主張内容その他弁論の全趣旨を総合すると、結局、長太郎は平成八年分の所得につき確定申告も修正申告も何ら行わなかったものと認められるのであるから、被告は、本来ならば長太郎に対して無申告加算税を賦課すべきものである。しかるに、被告は、長太郎に対し過少申告加算税を賦課したものであって、手続上達法があったといわざるを得ない。
五 しかしながら、過少申告といい、無申告といい、ともに申告義務違反であって、いずれに対する加算税もその本質において変わりはないと解される上、無申告加算税の方が過少申告加算税よりも多額になることは明らかであるから、無申告の場合に誤って過少申告加算税を課しても、そのことにより原告に不利益を与えることにはならないものと解される(最高裁判所昭和三八年オ第八三五号事件、同四〇年二月五日第二小法廷判決・民業第一九巻第一号一〇六頁参照)。
したがって、長太郎ひいては原告は、本件処分によって不当に権利を侵害されるおそれはなく、右処分の取消を求める法律上の利益を有しないものである。
六 以上の次第で、本件訴えは、訴えの利益がなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺修明)
目録
<省略>
別表
平成八年分
<省略>